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東京地方裁判所 平成9年(ワ)2921号 判決 1998年3月24日

原告

山崎久美子

大根英樹

右両名訴訟代理人弁護士

中園繁克

小林美智子

被告

粟田彰常

右訴訟代理人弁護士

橋本副孝

八杖友一

被告

京浜急行電鉄株式会社

右代表者代表取締役

平松一朗

右訴訟代理人弁護士

齋藤晴太郎

伊達弘彦

園部昭子

向山義人

岡田泰亮

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは各自、各原告に対し、それぞれ一億五五〇〇万円及びこれに対する平成九年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告らの亡父が被告会社から提供されて使用していた不動産につき、その所有権が黙示の合意により被告会社から亡父に譲渡されたが、被告らが右所有権を喪失させたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  原告らは、旧皇族であり昭和二二年一〇月一四日に皇籍を離脱したA(以下「A」という。)の子である。(甲一の1及び2、二の2及び6)

被告粟田彰常(以下「被告粟田」という。)は、Aの嫡出の三男であり(甲二の4)、被告京浜急行電鉄株式会社(以下「被告会社」という。)は、鉄道事業・ホテルの経営等を目的とする株式会社である。

2(一)  Aは、昭和三八年一〇月二三日当時、別紙物件目録一記載の土地(以下「高輪の土地」という。)に居住していた。高輪の土地は国有地で、Aはこれを国から使用貸借していたが、当時Aは、高輪の土地は昭和天皇から下賜を受けたもので、その所有権はAにあると主張し、国に対して所有権確認訴訟を提起して争っていた。

一方、被告会社は、国から高輪の土地の払下げ(等価交換による所有権移転)を受けることによって、品川駅周辺の開発を行う計画を立てていた。

(二)  Aと被告会社は、昭和三八年一〇月二三日、高輪の土地につき、次の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。(甲三、乙一)

(1) Aは、その所有に係る高輪の土地を、期間を定めず、堅固な建物の所有を目的とし、賃料を一か月五〇万円として被告会社に賃貸する。

(2) 被告会社はAに対し、右賃貸借契約の対価として、別に定める現金及び土地建物を給付する。

(3) Aは被告会社に対し、高輪の土地を 年 月 日までに引き渡す。(日付は空欄)

(4) 後日高輪の土地の所有権が第三者に移転しても、被告会社は本契約の対価として賃料相当額を継続して支払う。

(三)(1)  また、Aと被告会社は、同日、次の内容を記載した覚書を取り交わした。(甲五、乙二)

国から、Aが所有権を主張している高輪の土地につき、等価交換をして御用邸を確保したい旨、また、被告会社から、交換後は右土地を公共事業のための敷地として使用したい旨の申出があったので、Aは、皇室及び社会福祉のために右土地を提供することを承諾した。よって、Aは、右の趣旨により高輪の土地の処分に関する一切の権限及び現在係争中の国に対する訴訟の処置(取下げ)を被告会社に一任した。被告会社はAのこの好意ある処置に対して別に定めるものを昭和 年 月 日限り呈上し、Aは本合意の趣旨により昭和 年 月 日限り高輪の土地を被告会社に引き渡すものとする。(日付はいずれも空欄)

(2) 右覚書には、次の内容を記載した「証」と題する書面が添付されていた。(甲四、乙二)

昭和三八年一〇月二三日付けA対被告会社との覚書に基づきAが受けるものは、同日付けの大蔵大臣あて及び被告会社あての各書面に記載された現金及び物件を指すものとする。

(3) なお、右「証」にいう昭和三八年一〇月二三日付け大蔵大臣あて及び被告会社あての各書面はいずれも現存しない。

3(一)  以上の合意に基づき、被告会社はAに対し、昭和三八年一一月以降毎月五〇万円を支払うとともに、同年一〇月と昭和三九年二月の二度に分割して合計三億円を支払った。他方、Aは昭和三九年二月、国に対する高輪の土地の所有権確認訴訟を取り下げた。

(二)  被告会社は昭和三九年一二月二七日、Aに対し、本件賃貸借契約における合意は、被告会社が国から高輪の土地を等価交換により取得した後も有効であり、被告会社はこれを忠実に履行することを確約する旨記載した念書を交付した。(甲七)

4(一)  Aと被告会社は、昭和四〇年三月一二日、当時被告会社が所有していた別紙物件目録二記載の各土地(以下「本件土地」という。)上の同目録三記載の各建物(以下「本件建物」という。)について、次の内容の使用貸借契約(以下「本件使用貸借契約」という。)を締結した。(甲八、一七の1ないし4、乙四)

(1) Aは被告会社から、本件建物を仮住居として無償で一時借り受ける。

(2) 貸借期間は、昭和四〇年三月三一日から、被告会社が将来高輪の土地上に建築予定の建造物が完成し居住可能となり、Aが同所に引き移るまでとする。

(3) Aは前項の時期が到来したとき、若しくは本件建物を使用しなくなったときは、本件建物を原状に復した上被告会社に明け渡さなければならない。

(4) Aは本件建物を仮住居の目的で使用し、第三者に使用させ、又は本件建物の転貸その他これに類する一切の行為をしてはならない。

(5) Aは、建物の補修、庭木の手入れ等、本件建物の維持管理に要する費用として一〇万円を毎月末日までに被告会社に支払う。

(6) 本件建物に対する公租公課は被告会社が負担する。

(二)  また、Aと被告会社は、同月ころ、次の内容を記載した覚書を交換した。(甲六、乙三)

被告会社が高輪の土地に所期計画の建築物を完成し、Aの帰還居住の条件が整ったときは、移転の適否及び諸条件等も含め、双方協議の上処理するものとする。

(三)  本件使用貸借契約に基づき、同月三一日ころ、被告会社はAに本件建物を引き渡し、Aは高輪の土地から本件高輪の土地に転居した。

5  被告会社は、国との間で高輪の土地の払下げの交渉を進め、昭和四三年三月一八日、被告会社が所有していた羽田空港周辺の土地との等価交換により高輪の土地の所有権を取得した(甲一六の1及び2)。その後、被告会社は高輪の土地にホテルの建築を始め、昭和四六年七月一三日、地下三階付き地上二九階建てのホテルパシフィック(以下「本件ホテル」という。)が完成した(甲一六の3)。

Aは、昭和四〇年三月三一日から平成二年一月二〇日の逝去に至るまで、本件建物に居住していた。その間、昭和六〇年ころからは、被告粟田も本件建物に居住していた。

6(一)  被告会社は、Aの逝去後の平成二年三月一五日ころから、本件建物に居住していた被告粟田に対し、本件建物を明け渡すよう求めた。これに対して、被告粟田を含むAの相続人ら(当時、原告らはAの子と認知されていなかったためこれに含まれていない。)は、後記の原告らの主張と同様の主張をしてこれを拒んだ。(甲九ないし一二)

(二)(1)  その後、被告会社と被告粟田は、平成三年五月七日ころ、被告会社が同被告に立退料二億五〇〇〇万円を支払うのと引き換えに、同被告が本件建物を被告会社に明け渡すことで合意した。そして、被告粟田は被告会社に対し、本件土地建物につきAに所有権がなかったこと、Aの相続人には本件土地建物を使用する何らの権限がないこと、被告粟田以外は何人も本件土地建物を占有していないことを確約する旨の念書を差し入れた。(甲一三)

(2) 前項の合意に基づき、同月一五日、被告会社は被告粟田に対し、立退料二億五〇〇〇万円を支払った(甲一四)。そして、被告粟田の退去後、同月二三日、本件建物のうち別紙物件目録1記載の建物が、平成四年四月二四日、同目録三2記載の建物がそれぞれ取り壊された。(甲一七の3及び4)

(三)  平成四年五月二七日、原告らがAの子であることを認知する旨の判決が言い渡され、右判決は平成五年一二月一四日確定した。(甲一の1及び2、二の2及び6)

三  原告らの主張

1  高輪の土地上の建物の所有権移転の合意

Aと被告会社との間には、Aが高輪の土地を立ち退く代償として、被告会社が高輪の土地上にAの帰還用の建物を建築し、その所有権をAに移転(譲渡)する旨の合意が存在した。右合意が存在したがゆえに、本件賃貸借契約において、現金に加え土地建物の給付が定められ、また、本件使用貸借契約の契約書及び昭和四〇年三月付け覚書において、本件建物が仮住居とされ、その期間はAが高輪の土地に帰還するまでの一時的なものであることが定められたのである。

右のような合意は、Aが高輪の土地の使用借権しか有していなかったことに照らせば、対価性を欠くようにも見えるが、高輪の土地の広さ、本件ホテル建築の必要性、紛争の早期解決の必要性など被告会社の利益ないし立場を考え、一方、Aが国を相手に訴訟を提起してまで居宅を確保しようとしていたこと、国もAの御用邸を確保しようとしていたことなどを考えれば、決して不自然なものではない。

したがって、Aは被告会社に対し、高輪の土地上に帰還用の建物を建築し、その所有権を移転するよう求める権利を有していた。

2  履行不能と代替物件提供の黙示の合意

ところが、被告会社は、Aが高輪の土地を明け渡した後、高輪の土地上に本件ホテルを建築したため、Aが有していた前記権利の実現は事実上不可能となった。

そこで、Aと被告会社との間で、昭和四〇年三月ないしは遅くとも昭和四六年七月ころ、高輪の土地上に建てられるはずであった建物の代替物件として、これと同等の価値を有する本件土地建物の所有権を譲渡する旨の黙示の合意が成立し、これにより、本件土地建物の所有権は被告会社からAに移転した。右合意が存在したため、Aは、被告会社に対して前記権利の履行を求めることなく、逝去するまで本件土地建物に居住していたのである。

3  被告らの不法行為

以上のとおり、Aは本件土地建物の所有権を有していたのであり、Aの逝去により、本件土地建物の所有権はその相続人の共有となった。被告会社及び被告粟田は、これらの事実関係を知り、又は知り得べきであったにもかかわらず、共謀して、Aが有していたのは本件建物の使用借権にすぎなかったとして、被告粟田に対する立退料の支払及び前記念書の差入れにより、Aの相続人が取得し得た本件土地建物の所有権を喪失させた。その結果、Aの相続人である原告らは、本来取得し得た本件土地建物の共有持分権を取得できなくなった。

本件建物は既に取り壊され、その原状回復が不可能であるところ、本件土地建物の時価は三六億三二九一万六九一〇円を下らず、原告らの法定相続分は各一一分の一であるから、原告らが受けた損害はそれぞれ三億三〇二六万五一七三円を下らない。

4  よって、原告らは被告らに対し、不法行為に基づき、各自、右金員のうち一億五五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成九年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

四  被告京浜急行の主張

1  原告らの主張1について

被告会社とAとの間で、原告が主張するような合意がされたことはない。原告らは本件使用貸借契約の契約書及び昭和四〇年三月付け覚書を根拠に右合意があったと主張するが、これらには、帰還居住の条件が整ったときに(住居を)移転するしかないか及びその条件を協議する旨が記載されているにすぎない。

Aが高輪の土地について有していたのは使用借権であり、本件賃貸借契約において物件を給付するとされているのは、被告会社が建物を提供してAを住まわせるという使用貸借の合意を意味する。また、原告は、本件賃貸借契約締結当時、国もAの御用邸の確保を検討していたとするが、当時Aは皇籍を離脱しており、国がAの邸宅を確保する理由も必要もなかったから、そのような申出をするはずがない。国が高輪の土地との等価交換により確保しようとしていたのは皇室の御用邸としての土地である。

2  原告らの主張2について

Aには原告が主張するような権利がない以上、その履行不能はあり得ないし、原告が主張するような黙示の合意もなかった。

被告会社とAとの間では、本件使用貸借契約によって本件土地建物の使用がされ、その間、被告会社はAが逝去するまで、本件賃貸借契約で定められた毎月五〇万円の生活料を支払っていたが、本件ホテルの完成の前後を通じて、Aから本件土地建物の所有権移転の申出がされたことはなかった。

本件土地建物の使用形態及び当事者の意思には何らの変化もなかったのであり、高輪の土地上に本件ホテルが建築されたことのみを理由に本件土地建物の所有権を譲渡する旨の黙示の合意があったということはできない。結局、Aが有していたのは本件建物の使用借権だけであり、その逝去により本件使用貸借契約が終了したものである。

五  被告粟田の主張

1  原告らの主張1について

Aと被告会社との間に何らかの合意があったことは認めるが、その詳細は知らない。

2  原告らの主張2について

本件土地建物の所有権がAに移転したことはない。被告粟田はAの生前、本件建物でAと同居していたが、Aから、そのような趣旨の話を聞いたことはない。なお、Aは被告会社に対し、本件使用貸借契約に基づき、維持管理費用として毎月一〇万円を支払っていた。

3  原告らの主張3について

仮に、原告らが主張するように本件土地建物の所有権がAにあったとしても、被告粟田が立退料を受領して本件建物から立ち退き、その際被告会社に念書を差し入れたことは、原告らが相続によって取得した権利に基づき被告会社に対して請求する権利に何らの消長を来たすものでないから、被告粟田が原告らの相続権を侵害したということはできない。

六  主たる争点

Aと被告会社との間に、本件土地建物の所有権をAに譲渡する旨の黙示の合意があったか。

第三  判断

一  前記争いのない事実等と証拠(甲三ないし一四、一六の1ないし3、一七の1ないし4、乙一ないし四)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  被告会社は、昭和二六年ころから品川駅を中心とした開発を計画していたところ、国有地であった高輪の土地が品川駅前にあったため、右土地の払下げを受けて集客施設を建設しない限り、駅周辺の発展は見込めないと判断し、国との間で払下げ交渉を開始した。しかし、当時、高輪の土地にはAが居住し、国に対して所有権を主張して争っていたため、払下げ交渉は進展しなかった。そこで、被告会社は、自らAと交渉し、高輪の土地からの立退き及び国との訴訟の取下げの承諾を得ることで、右払下げ交渉を進展させようと考えた。

2  交渉の結果、被告会社とAは、昭和三八年一〇月二三日ころ、高輪の土地につき本件賃貸借契約を締結した上、被告会社はAに対し、本件賃貸借契約の対価として、別に定める現金及び土地建物を給付すること、Aは被告会社に対して高輪の土地を明け渡すとともに、国に対する訴訟を取り下げることなどを合意した。

当時、国有地の払下げを受けられるのは、その国有地と縁故ある者に限られていたため、本件賃貸借契約は、被告会社が高輪の土地の賃借人すなわち縁故ある者となることで被告会社への払下げを可能にするものであった。したがって、本件賃貸借契約は賃貸借の実質を伴わない形式的なものであり、賃料は、後日高輪の土地の所有権が第三者に移転しても継続して支払うものとされていることから明らかなように、高輪の土地の使用の対価というより、被告会社によるAの終身の生活料の負担という意味を有するものであった。

右合意に基づき、被告会社はAに対し、昭和三八年一一月以降毎月五〇万円を支払うとともに、合計三億円を二度に分割して支払い、他方、Aは昭和三九年二月、国に対する訴訟を取り下げた。

3  被告会社は、Aとの右合意の成立後、国との間で高輪の土地の払下げ交渉を行った。また、その間、昭和三九年一二月二七日、Aに対し、高輪の土地の払下げが実現した後も右合意がなお有効であることを確約した念書を差し入れた。

その後、昭和四〇年三月一二日ころ、被告会社とAは、本件使用貸借契約を締結し、Aは同月三一日、高輪の土地から本件建物へ転居した。なお、本件使用貸借契約の契約書においては、本件建物はAの仮住居であり、貸借期間はAが高輪の土地に建築予定の建物に引き移るまでとする旨が定められ、また、同時期に交わされた覚書においても、Aの高輪の土地への帰還の条件が整ったときは双方で協議する旨が定められた。

被告会社と国との間では、昭和四三年三月一八日、被告会社が所有していた羽田空港周辺の土地を国に提供することで高輪の土地との交換契約が成立した。その後、被告会社は、高輪の土地上に本件ホテルの建設を始め、昭和四六年七月一三日完成した。

4  Aは、平成二年一月二〇日に逝去するまで本件建物に居住していたが、この間、前記合意により被告会社から支払われる毎月五〇万円の賃料(生活料)を受領し、一方、被告会社に対し、本件使用貸借契約で定められた本件建物の維持管理費用として毎月一〇万円を支払った。そして、前記のとおり、高輪の土地には、昭和四六年に本件ホテルが建築されたが、その完成の前後を通じて、Aと被告会社との間で本件土地建物の所有権の移転について話し合われたことはなかった。

二  原告らは、本件賃貸借契約において、被告会社はAに対して土地建物を給付する旨が定められていること、本件使用貸借契約の契約書及び覚書に、本件建物が仮住居であり、貸借期間はAが高輪の土地に帰還するまでとする旨の記載があることなどを根拠に、Aと被告会社との間には、被告会社がAのために高輪の土地上に帰還用の建物を建築し、その所有権をAに譲渡する合意があった旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件賃貸借契約において、被告会社はAに対し、その対価として別に定める現金及び土地建物を給付する旨定められていたが、両者の間では、本件使用貸借契約が締結され、被告会社からAに対して三億円の支払がされているのであるから、右にいう別に定める現金及び土地建物の給付とは、右金員の給付と本件建物の無償提供(使用貸借)に当たると解することが可能である。そして、前記のとおり、本件賃貸借契約は賃貸借の実質を伴わない形式的なものであって、被告会社は賃料名目でAの終身にわたり、毎月五〇万円を支払う旨が約されていることを考えれば、Aの高輪の土地から立ち退く代償としては、これらの給付をもって相当とされたものと解することも十分に可能である。少なくとも、本件全証拠によっても、これらの合意に基づく給付以外に、被告会社がAに対して別途の給付を行うことを約した事実を認めることはできない。

なるほど、前記認定のとおり、本件使用貸借契約の契約書においては、本件建物は仮住居であり、貸借期間はAが高輪の土地に建築予定の建物に引き移るまでとする旨、また、覚書においても、Aの高輪の土地への帰還の条件が整ったときは双方で協議する旨定められていたから、両者の間では、Aの本件建物の使用が恒久的なものでなく、高輪の土地への帰還があり得ることが想定されていたことがうかがわれる。しかしながら、前記認定のとおり、高輪の土地にはその後本件ホテルが建築されたが、その完成の前後を通じて、両者の間で高輪の土地への帰還問題ないしは本件土地建物の所有権の移転について話し合われたことはなく、Aは、その逝去に至るまで本件建物の使用貸借契約を継続し、被告会社から前記合意に基づく毎月五〇万円の給付を受けていたのであって、右事実によれば、被告会社とAの間では、Aが将来において高輪の土地へ住居を移転することが一応想定されたものの、前記覚書に定めるその適否ないし諸条件についての協議は行われることなく推移したものと認めるのが相当である。

以上のとおりであって、原告らが主張するように、被告会社とAとの間に、被告会社が高輪の土地上にAの帰還用の建物を建築し、その所有権を譲渡するまでの合意が存在したことを認めるに足りる証拠はなく、まして、右合意の存在を前提として、両者の間に、右帰還用の建物の給付に代えて本件土地建物の所有権を譲渡する旨の黙示の合意が成立したものと認めることは到底できない。

そうすると、原告らが主張する被告らの不法行為すなわちAが本件土地建物の所有権を有していたことを前提とする所有権侵害の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

三  以上によれば、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内俊身 裁判官木村元昭 裁判官堀部亮一)

別紙<省略>

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